巷でよく使われる
「生き金」(活き金)
「死に金」という言葉を、
北岡さんが独自のビジネス視点と
メタ認知でどう定義し、
社長はどうお金を使うべきだと語っているのか、
具体的に要約します。
1. 一般論としての「生き金・死に金」への違和感
世間一般では、
自分の成長や
将来の利益に繋がるお金の使い方
(自己投資や適切な消費)を
「生き金」
無駄遣いやギャンブル、
後悔が残る出費を
「死に金」
と呼ぶことが多いです。
しかし北岡さんは、
その定義は主観的で曖昧であり、
経営者がビジネスや
人生の判断基準にするには
少し「綺麗事すぎる」と指摘します。
2. 北岡流:本当の「生き金」と「死に金」の定義
北岡さんは、
お金を使った結果そのものが
重要なのではなく、
「どういう意図とマインド(ルール)でお金を手放したか」
によって、
生き金か死に金かが決まると定義します。
本当の「生き金」とは
金額の大小に関わらず、
「目的が明確であり、
自分でコントロールして使ったお金」
です。
(例)
ビジネスの広告費や設備投資はもちろん、
一見無駄に見える
「高級ホテルでの贅沢な時間」や
「美味しいものを食べるための出費」であっても、
それが
「自分の感性を磨くため」
「基準(セルフイメージ)を上げるため」
という明確な目的と納得感を持って使われているならば、
それはすべて見事な「生き金」になります。
第437回で登場した
「トラブル解決のために弁護士費用や解決金を支払う」という行為も、
自分の時間と精神的平穏を取り戻すという明確なリターンを狙ったものであるため、
立派な生き金(戦略的コスト)です。
本当の「死に金」とは
逆に、
どれだけ正当に見える出費であっても、
「感情に流され、思考停止して、
惰性で使ってしまったお金」
はすべて死に金になります。
(例)
第602回の投資の話で出た
「スケベ心(欲)」に負けて
よく分からない案件に出資してしまうことや、
他人の目を気にして
(見栄を張って)
行きたくもない
付き合いの飲み会に支払うお金。
また、
「これを買えば(学べば)
勝手に自分が変われるかも」
という、
の曖昧な依存心の強い自己投資も、
結局は何も生み出さない
死に金になりがちだと警告します。
3. 経営者(社長)としてのお金の使い方の極意
「支払う瞬間」のメタ認知を持つ
お金を使うときに、
「今、自分はなぜこのお金を払うのか?」
「これによって何(どんな価値や体験)を得ようとしているのか?」
を一歩引いて
客観的に言語化する習慣を持つべき。
「清濁併せ呑む」お金の使い方
綺麗で正しいこと(投資)だけに
お金を使うのが
優れた経営者ではありません。
時には失敗や
トラブルの勉強代(損失)を支払うことになっても、
それを
「この失敗からこのデータを買った」と
自分のルールの中で
回収する覚悟があれば、
死に金になるはずだった出費を
「生き金」へと転換させることができる、
と結んでいます。